偉人・敗北からの教訓 第98回「奥州藤原氏・独立国家を夢見た北方の王者」

平安時代、東北で100 年に及ぶ栄華を誇った奥州藤原氏の敗北を紐解く。中央政権と適度な距離を保ち、独立した平和国家を目指すも、四代で滅亡してしまった理由とは?

放送局BS11イレブン
放送日時2025年7月5日 21:00~21:55
放送時間55分
ジャンルドキュメンタリー/教養
映像1080i
EPGの時点2025年6月29日(放送日の6日前)

詳細

今回の番組内容
平安末期、北方の王者として君臨し、独立国家を夢見た奥州藤原氏の敗北から明日を生きるための教訓を探る。奥州藤原氏の初代・清衡は後三年の役の後、平泉を開拓し、中尊寺を建立、仏教と交易を軸にした独立国家の実現に邁進する。二代・基衡は財力を武器に中央政府に接近、朝廷や摂関家との絆を強め、勢力基盤を強化した。三代・秀衡は日宋貿易に勤しむ平家を支援し、陸奥鎮守府将軍の座を獲得した。
今回の番組内容2
源平合戦が始まると、秀衡は中立を貫くが、源氏が平家を滅ぼした後、源頼朝と対立した弟・源義経を平泉に迎え入れる。ところが、そのわずか半年後、秀衡は他界、跡を継いだ四代・泰衡は義経と共に生き残りを図るが、頼朝の圧力に屈し、義経を襲撃してしまう。その後、頼朝が大軍で平泉に攻め寄せ、泰衡は討死、奥州藤原氏の栄華は約100年で幕を降ろした。奥州藤原氏はなぜ、四代で滅びてしまったのか?
今回の番組内容3
奥州藤原氏は滅亡を招いた四代・泰衡を抜き、清衡・基衡・秀衡の三代で語られることが多いが、泰衡は果たして無能だったのか?頼朝に攻められた際、泰衡は自分の屋敷だけを焼いて北へ逃れたため、平泉は戦場にならずに済んだ。約800年経った今もなお、平泉に多くの史跡が残る理由がここにある。その結果、2011年、平泉は世界文化遺産に登録された。平泉の地を必死に守った四代・泰衡の思いとは?
番組内容
歴史上の偉人たちが犯した失敗から、私たちが学ぶべき教訓を探る歴史情報番組。
出演者
伊東潤(歴史作家) 中西悠理(フリーアナウンサー) 【ナレーター】槇大輔
おしらせ
BS11公式WEBサイトでは、みなさまからのメッセージを受け付け、公開しております。番組への率直なご意見やご感想など、どしどしお寄せください。お待ちしております! https://www.bs11.jp/entertainment/ijin-haiboku-kyoukun/