偉人・敗北からの教訓 第125回「服部半蔵・伊賀者を率いた徳川家臣と息子の悲劇」
徳川家を二代にわたって支えた服部半蔵親子の敗北を紐解く。家康の三大危機を救った二代目半蔵が旗本に出世するも、三代目半蔵の代で服部家が改易されてしまった理由とは?
| 放送局 | BS11イレブン |
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| 放送日時 | 2026年1月31日 21:00~21:55 |
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| 放送時間 | 55分 |
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| ジャンル | ドキュメンタリー/教養 |
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| 映像 | 1080i |
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| EPGの時点 | 2026年1月25日(放送日の6日前) |
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詳細
- 今回の番組内容
- 親子二代で徳川家を支えた服部半蔵の敗北から現代に通じる教訓を探る。1542年、伊賀の忍びである初代半蔵こと服部保長の子として三河に生まれた二代目半蔵こと服部正成は徳川十六神将の一人として知られる。少年時代に徳川家康に仕え、「鬼半蔵」の異名をとる武将に成長。家康の三大危機を切り抜けた後、豊臣秀吉の小田原攻めに従軍し、天下統一に貢献、8000石を与えられ、伊賀同心200人を統率する立場となった。
- 今回の番組内容2
- 将軍が江戸城を脱出する非常口として造られたものだと伝わる半蔵門。この門の警護を担ったのが二代目半蔵こと正成であることから半蔵門と呼ばれるようになったと言われる。正成の長男・服部正就は1596年、父の死を受け、21歳で家督を継承、伊賀同心200人を率い、三代目半蔵を名乗る。ところが、家康が幕府を開いた翌年、伊賀同心の一部が正就に反旗を翻し、服部家は改易されてしまう。正就は何を誤ってしまったのか?
- 今回の番組内容3
- 改易に処された正就はその後、名誉挽回を図り、大坂の陣に参戦するが、討死してしまう。しかし、半蔵の名は残る。四代目を継いだ正就の弟が桑名藩主に召し抱えられ、家老職を得ると、子孫たちが半蔵の名と地位を代々受け継いでいったのだ。幕末に十二代目半蔵を名乗った服部正義は明治時代、三重県の行政に参加し、県の発展にも力を尽くした。400年以上の時を越え、今なお広く知れ渡る服部半蔵、その名に対する想いとは?
- 番組内容
- 歴史上の偉人たちが犯した失敗から、私たちが学ぶべき教訓を探る歴史情報番組。
- 出演者
- 伊東潤(歴史作家)
中西悠理(フリーアナウンサー)
【ナレーター】槇大輔
- おしらせ
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