偉人・敗北からの教訓「伊勢宗瑞・北条早雲の名で知られた戦国大名の実像と過ち」
かつて、北条早雲の名で知られた戦国大名・伊勢宗瑞の敗北を紐解く!相模平定を目指し、快進撃を続けるも、劣勢となり、陥落させた諸城を奪還されてしまった理由とは?
| 放送局 | BS11イレブン |
|---|---|
| 放送日時 | 2026年7月25日 21:00~21:55 |
| 放送時間 | 55分 |
| ジャンル | ドキュメンタリー/教養 |
| 映像 | 1080i |
| EPGの時点 | 2026年7月19日(放送日の6日前) |
詳細
- 今回の番組内容
- 五代およそ100年続く戦国大名・北条氏の礎を築いた伊勢宗瑞の敗北から現代に通じる教訓を探る! 1456年、室町幕府の幕臣・伊勢盛定の次男として京都に生まれたと考えられている宗瑞は若くして、九代将軍・足利義尚の直臣となる。青年時代を主に京都で過ごしていた宗瑞に人生の転機が訪れたのは32歳の時。駿河の今川家に嫁いでいた姉・北川殿の要請を受け、今川家の内紛に加担、甥の竜王丸、後の今川氏親を当主に据えた。
- 今回の番組内容2
- その後、伊豆の韮山城を本拠とした宗瑞は関東の統治を担う堀越公方の座を乗っ取った足利茶々丸を襲撃し、追放。仏門に入り、早雲庵宗瑞を名乗ると、1498年、伊豆平定を成し遂げた。さらに、混乱に乗じ、小田原城を奪取すると、相模の平定を目指し、快進撃を続けるが、やがて、山内・扇谷両上杉氏の反撃を受け、宗瑞が折角、落とした諸城を奪還されてしまった。 宗瑞はなぜ、両上杉氏の反撃に屈してしまったのか?
- 今回の番組内容3
- 1516年、宗瑞は3年に及ぶ籠城戦の末、三浦半島を本拠とする三浦氏を滅ぼし、相模を平定、61歳にして、伊豆と相模の2ヶ国を領する関東屈指の戦国大名となった!領民に対する朱印状の発給など、それまでにない画期的な制度を考案した宗瑞は1518年、後に北条姓を名乗る嫡男・氏綱に家督を譲ると、翌1519年、64歳で激動の生涯に幕を降ろした。 宗瑞の敗北から学ぶ教訓は…「ブラッフは使わないから価値がある」!
- 出演者
- 伊東潤(歴史作家) 中西悠理(フリーアナウンサー) 【ナレーター】槇大輔
- 番組内容
- 歴史上の偉人たちが犯した失敗から、私たちが学ぶべき教訓を探る歴史情報番組。
- おしらせ
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